イベントレポート

海とビーチクリーンと幸福感に関する実証実験 速報!

3月に実施した「清掃活動が行為者のウェルビーイングに与える影響」の速報が届きました!
2025年、3月29日土曜日。江の島を臨む片瀬東浜海岸で実施された今回の研究。
海岸でのビーチクリーン活動が気分に与える影響について、活動の前後の唾液からストレスホルモンであるコルチゾールの濃度、および絆形成に関わるオキシトシン濃度を測定し、ビーチクリーン活動が気分に与える影響の背後にあるメカニズムを神経内分泌の観点から明らかにするための実証実験となります。当日は、冷たい雨が降る中「第209回 海さくらごみ拾い」の会場をお借りして、玉川大学脳科学研究所 とNPO法人海さくら、公益財団法人かながわ海岸美化財団、公益財団法人日本財団ボランティアセンター他のご協力のもと実施されました。

参加者に実証実験の流れを説明する玉川大学脳科学研究所・高岸治人教授

この実験では、海岸での清掃活動が人々の気分にどのような影響を与えるかを、心理学的および神経内分泌的視点から検証することを目的として実施されました。
年々、海洋ごみ問題の深刻化に伴い、環境保全への市民参加が求められている一方、そうした活動に参加した人たちの心にもたらす影響は主に質問紙などを用いた心理学的な研究に止まっており、ホルモンなどの生物学的な要因を含めた検討は、これまで十分に科学的検証が行われてきませんでした。

大雨・強風の後は、海岸に様々な物が打ち上げられます。

ちなみに、日本で唯一の海岸美化専門の団体「公益財団法人かながわ海岸美化財団」によると、神奈川県内の海岸清掃に、平成27年度(2015年度)以降は、年間16万人以上の方が海岸清掃ボランティアに参加しているとのこと。現状から見ても、海岸清掃には何か人々の気持ちをポジティブにしてくれる効果があるのではないか!?ということなんですね。

「第209回 海さくらごみ拾い」に集まった人たち。当日は202名もの方が駆け付けました

そこで、FMヨコハマが中心となり、玉川大学脳科学研究所・高岸治人教授の協力のもと、唾液中ホルモン(コルチゾール、オキシトシン)の測定と心理質問紙を組み合わせる形で、海岸清掃活動前後の変化を分析する実証実験が行われました。

唾液を採取するキット
今の気分を記入する質問用紙


当初は、参加者をランダムに2つのグループに分け、Aグループは海岸清掃、Bグループは海岸の散歩をそれぞれ30分間体験したのち、活動の前後で唾液を採取、さらに、活動内容を入れ替えて、再び活動前後で唾液を採取して、ストレスホルモン(コルチゾール)および絆ホルモン(オキシトシン)の濃度を測定。さらに、気分、孤独感、他者との絆の強さを問う心理指標の質問紙を実施する予定でした。
しかし、当日はあいにくの雨。さらに気温も低く厳しい天候の中での実施となったため、当初の計画とは大幅に変更し、海岸清掃のみを30分間行い、唾液は海岸清掃の前後2回に採取することに。また、心理質問紙への記入も活動後の1回のみでした。

集合時間前から雨が降り、参加者の皆さんがスムーズに活動できるように準備がなされました。

雨が降りしきる中、参加してくださった皆さんは、時間いっぱいまで積極的に砂浜のゴミを拾い続け、数枚に渡る質問票に記入し、最後には笑顔で会場を立ち去る姿も多くみられました。

みなさん 時間いっぱいまで海岸清掃をしてくださいました。

生憎の天候ではありましたが、収集されたデータの分析が行われ、限られた条件下で得られたデータとして貴重なリポートが提出されました。

報告リポートより
実施日時 2025年3月29日(土)午前10時00分 ~ 午後13時00分
実施場所 神奈川県藤沢市・片瀬東浜海水浴場(江ノ島東浜海岸)
参加者数 一般公募による市民ボランティア48名(男性21名、女性26名、性別未回答1名)
主催・運営体制
主催:FMヨコハマ
実施:一般社団法人 SAVE OUR BEAUTIFUL OCEAN
監修:玉川大学脳科学研究所 高岸治人教授
協力:NPO法人海さくら、公益財団法人かながわ海岸美化財団、日本財団ボランティアセンター

結果①:ホルモン変化の分析
海岸清掃活動の前後で、参加者の唾液中に含まれる2種類のホルモン、絆ホルモン(オキシトシン)、およびストレスホルモン(コルチゾール)の濃度を比較分析したところ、以下のような結果が見られた。
まず、清掃前後でオキシトシンは平均34.3 pg/mL (SD = 14.8)から27.8 pg/mL (SD = 13.6)へ減少した(Wilcoxon検定 [順位を用いた統計検定]:Z = 3.2, r = 0.32, p = 0.002)。当初は『清掃後にオキシトシンが増加する』と予測していたが、仮説とは逆方向の変化であり、活動が絆を高めるどころかむしろ抑制的な影響を与えた可能性が示唆される。しかし、雨天による寒冷ストレスが影響した可能性があり、結果の解釈には慎重さが必要である。
一方、コルチゾールについては、活動前後の比較において有意な変化は認められなかった(Z = 0.097, r =  0.01, p = 0.922)。

結果②:性差と心理指標の関連
清掃活動前後の唾液ホルモン(オキシトシンおよびコルチゾール)の変化と各心理指標(気分、孤独感、他者との一体感)との間に統計的に有意な相関は認められなかった。つまり、ホルモン濃度の変化が心理的変化と直結するという明確な傾向は、確認されなかった。しかし、探索的に分析を行ったところ、女性参加者(26名)において、興味深い関連が観察された。具体的には、清掃活動前後でオキシトシン濃度が増加した女性ほど、活動後に実施された「絆尺度(Inclusion of Other in the Self Scale)」のスコアが高い結果が見られた(Spearmanの順位相関:rs = 0.41(中程度の効果量))。この結果は、女性においては清掃活動を通じて分泌されたオキシトシンが他の参加者との絆を高める方向に作用した可能性を示している。しかし、その結果は事前に想定された仮説ではなく探索的に分析を行っているため、今回の結果を踏まえ今後、条件を整えた新しい実験において再検証する必要がある。

考察と今後の展望
本実験は悪天候下という制約があったものの、海岸清掃がウェルビーイングに与える影響を探る第一歩となりました。活動前後でオキシトシン濃度は平均で有意に減少し、コルチゾールには有意な変化が認められませんでした。この結果は、雨天による寒冷ストレスなど環境要因が生理的反応に影響した可能性を示唆します。
今後は、1)晴天時との比較や室内作業との対照実験を行い、環境要因を統制したうえで効果を再検証すること、2)参加者数を増やし、年齢や性別の違いが結果に与える影響を検討すること、3)主観指標(気分や絆)と生理指標(ホルモン)との経時的な関連を追跡することが課題となります。こうした追加データを蓄積することで、「ビーチクリーンは人と海の双方にポジティブな効果をもたらすか」という問いを、より精度高く検証できると期待されます。

すっかり雨に濡れてしまいましたが、質問票にもみなさん真摯に応えていただきました。

今回の実証実験では、あいにくの天候の中での実施となってしまっただけに、本来予定されていた計画ではどのような結果が出るのかと、次回の実施に期待が高まります!

最後に、主催の「FMヨコハマ」から。
今回の実施にあたり、多大なるご協力をいただいた関係各所の皆様に心より感謝申し上げます。
悪天候という厳しい条件下にも関わらず、最後まで真摯に参加してくださった市民ボランティアの皆様には、深く感謝を申し上げます。
そして、玉川大学脳科学研究所 高岸治人教授には、実験設計および監修の面で全面的なご支援をいただきました。また、NPO法人海さくら、公益財団法人かながわ海岸美化財団、日本財団ボランティアセンターの皆様には、現地での運営補助や安全管理の面でご尽力いただきました。
本報告書は、皆様のご協力によって実現した実験の成果をまとめたものであり、今後のさらなる発展的検証への出発点となることを願っております。

玉川大学脳科学研究所 高岸治人教授(右から2人目) と 研究所のみなさん ありがとうございました!

玉川大学 脳科学研究所 高岸治人教授の研究については下記のリンクから。
高岸研究室 ウェブサイト 
https://devsoc-tamagawa.net/
高岸治人チャンネル 〜研究者のリアル〜 YouTube
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「NPO海さくら」の活動については下記のリンクから。
https://umisakura.com/

次は晴れた江の島で!